先日、ぶらっとネットの海をさまよっていたらこんな記事を見つけた。
遊戯王のルールが変わった結果、カードの価値が大幅に変動。色んなところから阿鼻叫喚の声が聞こえてきて闇のデュエル感が高まったぜ!というお話のようだ。小学生時代をトレーディングカードゲーム全盛期に過ごし、某携帯獣カードゲームで関西大会三位(団体の部)になった身としては、やっぱりトレーディングカードゲームのゲームバランスを保つのって難しいよねぇとシミジミ思う。
さまざまなカードを組み合わせてオリジナルの『デッキ』を作ることはトレーディングカードゲームの共通項だ。それぞれのカードの組み合わせを研究し『コンボ』とよばれる必殺の組み合わせを生み出すことが、この種のゲームの最大の醍醐味でもあり、腕の見せ所でもある。この手のゲームで一山当てたい企業には
- 多種多様なカードの開発
- カード間のバランスの維持
という相反する命題が課せられる。『自分だけのデッキ』を実現するには、オリジナリティ溢れるカードの効果をデザインする必要がある一方、極めて強力な戦略を実現できるカードを作ってしまうと、戦略の独自性が損なわれてしまう。当然プレイヤーが期待するのは『勝てるカード』だ。プレイルールの制約の中でで、使ってみたいと思わせるカードの開発が必要だがどうしても限界がある。そこで、この手のカードは徐々に効果がインフレ化していくのだ。
最近、復刻版が発売されたリザードン氏を見てみると、その影響が分かりやすい。
旧リザードン
新リザードン
違いを見てみると
- HP:120→150
- 攻撃力:100→200
- コスト:2枚→3枚(トラッシュ数)
- 抵抗力:-30→-20
と大半の能力が大幅に増強されている。HPについては120が上限という不文律があったはずだが、もう随分前になくなったらしい。逆に言えば、これくらいのインフレを起こさないと、他のカードと比べて見劣りが激しく、使う意欲が沸かないのだろう。
トレーディングカードゲームでは通常『パック』と呼ばれる5~10枚位でワンセットのカードを購入して必要なカードを揃えることになる。入っているカードは(一般的なものでは)ランダムであり、自分の欲しいカードを手に入れるためには何パックも購入することが必要になる。そうすると不要なカードや手に入らないカードが発生するため、売買したり、プレイヤー間で交換したりすることになる。
今日は、そんな世界の中で、何故か私が中央銀行の総裁を拝命し、その中で生じたあれこれについて話してみたいと思う。
価値尺度
もうかれこれ20年くらい前、小学校高学年の頃の話だ。わたしの周りには、概ね20人から30人くらいの、プレイヤーが居た。上は中学生から、下は小学1~2年生のかなり幅の広い層の中、年齢や学区を飛び越え、ひとつのゲームを通して仲間を広げることが出来たのは、今思えば非常に貴重な体験だった。
しかし大人たちはそれを良しと考えなかった。プレイヤー間で行っていた交換に目をつけ『高学年の児童が低学年の児童を騙してカードを巻き上げている』と非難した。そうした不届き者が居なかったワケではないが、我々は概ね、誰かに不利益が出ないように公平公正な取引に努めてきたし、悪徳業者が発生しないように目を光らせてきた。しかし、様々なカードが存在する中で、基準となるものが無いのも事実だった。
そこで、一部のメンバーを中心として『交換のための指標』となるべきものを作成しようと計画する。後に『ポケモンカードポイント=PCP』と呼ぶことになるのだが、当時もっとも評価の高かった『リザードン』を3,000として、その他のカードを相対評価でどの程度の価値になるのか?過去の取引結果をもとに整理したのだ。もちろん状態の良し悪し、需給状況に応じて相場は前後するが、基準となるデータを纏められたことにプロジェクト参加者は満足した。
しかしこのPCPが面白い使われ方をする。
交換手段
例えば、3000PCPのリザードンと2500PCPのカメックスを交換する場合、500PCP相当のマサキあたりを加えれば公正な取引が成立する。しかしタイミング良くそれに値するカードが無い場合もある。
そこで、発生した500PCP相当の『おつり』に当たる部分は、各人が適当な紙切れに『500PCP相当のカードをA君がB君に引き換える』といった感じに記載し渡すようになった。受け取ったB君は、A君が魅力的な500PCP相当のカードを手に入れるまで待てば良いのだが、それまではタダの紙切れでしかない。ならばB君が欲しい何かをC君が手に入れてしまった場合、この証書をC君に渡せば良い。
さらっと書いたが、要は手形の裏書きだ。
どうやら貨幣の本質とはあくまで『交換に用いる比較基準』でしかなく、貝殻だの金銀だのはその依り代でしか無いと身を持って理解した。というか、日常取引で使うには、貴重すぎるものを用いては取引は成立しない。金とか銀とか希少性高すぎるやん。むしろ、こういった端数を処理するために生じた『お釣り』こそが貨幣の起源なのかもしれない。
発券銀行の成立
『PCP』という便利な道具を手に入れた結果、地域内の取引量は大きく増えた。それに伴い取り交わされる手形の数も増えてくる。そうすると不安になるのが偽造のリスクだ。何分、適当な紙切れに一筆したためただけに過ぎず、作ろうと思えば幾らでも偽造が出来る。
そこで『紙幣』をカラー印刷で発行することを企図した。ちゃちなプリンタで作った紙片でもカラーであれば偽造も難しかろうという安直な発想だったのだが、当時たまり場になっている&事由にカラープリンタが使える我が家が、即席の造幣局(印刷局?)となった。その成り行きから、わたしがこの事業の責任者を拝命することになった。
エクセル(当時2003くらいだったと思う)で本当に適当に、
- 10PCP
- 50PCP
- 100PCP
- 500PCP
- 1000PCP
券をデザインし、何十シートか印刷したあと、みんなで協力のもと、チョキチョキして多額の紙幣を用意した。それらの紙幣は、まずは皆から余っているカードの提供と引き換えの形で市中に供給されることになった。また一時的な決済において必要となる紙幣について、貸付を行うことによる供給も行われた。
マネタリーベースの拡大
らくからちゃ銀行(仮)の元には、大量の余剰カードが発生した。そのまま寝かしておいても勿体無いので、その中のカードで簡単なデッキを構築し、初心者に貸与することにした。かくして今まで、各先輩プレイヤーのカードケースに埋もれていたカード達は活躍の機会を与えられ、かなりの数の新規プレイヤーの獲得に繋がった。
新規プレイヤーの増加によって、カード需要は大幅に高まった。しかし彼らのお小遣いの範囲では、プレイに必要なカードを手に入れることは出来ない。また行内の在庫も尽き果ててしまった。そこで今度は、現物ではなく『PCPの貸付』も行った。交換したカードの価値が変わらなければ、そのカードが担保として引き渡せば良いし、翌月のお小遣いで手に入れたものの中から要らないものがあればそれで返却すれば良い。
市中には、いままでよりも多くのペースで貨幣供給が行われるようになった。しかし、やや遅れて現物(カード)の供給(お小遣いでの購入)が発生したため、大きく取引バランスが崩れることはなかった。
今までよりも交換の機会は増え、新規のプレイヤーの増加によって対戦機会は増加し、バトル環境がメキメキと改善していった。WIN-WINの素晴らしい環境づくりが出来たのだ。しかし、長くは続かなかった。
インフレと宴のあと
こういったカードゲームのカードは、大雑把に以下の3種類に分かれる。
- 基礎カード・・・プレイするのに最低限必要だが入手は容易
- 実用カード・・・実戦向きで扱いやすく、バリエーションが多い
- 高級カード・・・高度な戦略に必要とされ、希少性が高い
最初に需要が高まったのが、基礎カードであったが、これらは最初の受入と貸付で扱われていたため、価値は比較的安定していた。しかし次に、皆のプレイレベルが上がると、高級カードの需要が高まっていった。また、プレイヤー数の増加ペースがカードの購入ペースを下回るようになっていくと、実用カードが過剰在庫になっていく。実用カードの価値はどんどん低下し、高級カードの価値はどんどんインフレした。
当初、3000PCP』を基準レートにしていたリザードン氏の基準価値は、5000PCP、10000PCPと増加していった。またそのレートは日々大きく変動するようになった。こうなると『交換の基準』という当初の役割を果たせなくなる。またPCP自体への信認も低下し、徐々に取引は、以前からの物々交換へと戻っていった。
さらに悪いことに、この現状は『子供が遊んでばかり居る』『小遣いを変なことにつぎ込んでいる』と肯定的に見ていなかった保護者達からの冷たい目線も重なることになる。わたしはただ、輪転機(というか家庭用プリンタ)で印刷していただけに過ぎないのだが、シニョリッジ(通過発行益)を巻き上げていた極悪人として教師から事情聴取を受けることとなった。私が偽札製造業者でないことは理解してくれたようだが、いい加減この世界から足を洗うのには十分な動機を得ることになった。
市中に流通したPCPは『引退プレイヤーのカードのオークション』という形で回収をお試みた。もはやその頃には、事実上『紙きれ』になっていたため、回収は何も難しいことはなかった。
貨幣が生み出した物
とまあこれが、このPCPによって起こった一連の騒動の顛末だ。今となっては、ただの笑い話だったが、実に多くのことを学んだ気がする。
ポケモンカードから学んだことは非常に多かった。例えば、冒頭のリザードン氏は、自分についているエネルギーを種類に関係なく全て『炎』と認識することが出来る。その為、価値が低い無色エネルギー2つ分である『無色二子エネルギー』カード2枚で炎4つとなる。ただしワザを発動して相手を攻撃するには『エネルギーカード』を2枚捨て去ることが必要である。ここがポイントで、『エネルギー2つ』では無いのだ。こうして身につけた『仕様の読解力』は、今の仕事にも随分と活かされているのではないかと思う。またカードのことだけでなく、組織運営や人間関係についても学んだことは多かった。
しかしこの一連の騒動の後、わたしの関心はカードバトルでどうやって勝つのか?から『経済なるものの不思議』へと向かった。ドタバタ劇ではあったが、PCPの存在は、何やかんやで余っている資源の活用度を高め、新規のプレイヤーを呼び込み、地域を活性化することに繋がったのだ。その仕組みのダイナミズムのようなものに魅せられた。なおタイトルは、ルワンダ中央銀行総裁日記という本にインスパイアされたものであり、実際の中央銀行の業務とはかなり・・・というかほとんど関係ない。
同書は知的好奇心旺盛な皆様の脳みそを満足させるに足る一冊だと思うので、よろしければ是非ご覧頂きたい。 アホな事例でまったくもって申し訳ないのだが、本稿が皆様の『経済なるものの不思議』への扉となれば幸甚の至りである。
ではでは、今日はこのへんで。
今週のお題「何して遊んだ?」